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フェスティバルはどこまで広がるのか。音楽・アート・テクノロジーが都市を横断した3日間

2026年6月26日(金)から28日(日)までの3日間、東京・高輪のTAKANAWA GATEWAY CITYを舞台に、音楽、アート、テクノロジーが交差する都市型フェスティバル「NU Festival 2026」が初開催された。
コンセプトは「Next × New × Unity」。

AIをはじめとするテクノロジーは創作の速度を大きく高めた。いまや音楽、映像、画像、文章など、誰もが表現を生み出せる時代だ。創作の手法と可能性は、かつてないほど広がっている。ならば、それを受け止めるフェスティバルのあり方もまた、変わっていく必要があるのではないか。

「NU Festival」は、その問いに対するひとつの実践だった。

単に多くのアーティストが出演する音楽フェスティバルではなく、街そのものを舞台に、駅、広場、ミュージアム、サウナ、庭園、コンベンションホールを横断しながら、人と文化、テクノロジー、身体感覚が交差する場をつくる。

そこに「NU Festival」が提示した新しい都市型フェスティバルの可能性があった。

会場となったTAKANAWA GATEWAY CITYは、JR東日本が「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置づける新たな都市開発エリアである。「NU Festival」は、その街の思想を音楽やアートを通じて体験化し、文化が生まれるプロセスを街のなかにつくり出す試みとして開催された。

スペイン・バルセロナ発の世界的フェスティバル「Sónar」とのコラボレーションを軸に、国内外のアーティスト、クリエイター、研究者、DJ、キュレーターが参加。

TAKANAWA GATEWAY Convention Center LINKPILLAR Hall で展開された「NU Live」、MoN Takanawa: The Museum of Narratives(以下、MoN Takanawa)で展開された「NU Art」、高輪ゲートウェイ駅南改札外3Fテラスの「NU Station」、高輪ゲートウェイ駅前Gateway Parkの「NU Park」、さらに高輪SAUNASやLUFTBAUM 28F 翠の庭をはじめ、街の内外をつないだ「NU Connect」まで、複数の体験が都市を横断するように広がった。

都市を回遊し、未知の表現と出会う「NU Festival」

駅のテラスではDJがプレイし、駅前広場では、あたり一面が音楽に包まれる。コンベンションホールでは先鋭的な電子音楽が鳴り響き、そのすぐ近くには、音をじっくり聴くためのリスニングルームやSound Bathが設けられている。

ミュージアムではAIと創造性をめぐる作品やパフォーマンスが展開され、約100畳の畳空間では、アンビエント、即興演奏、ライブペインティング、映像、トークが混ざり合う。サウナでは音楽とともに身体を整え、空中庭園では植物と都市の風景に包まれながら立体音響を体験する。

街に並んでいたのは、最先端のデジタルテクノロジーだけではない。ピアノ、箏、ギター、声、生花、ライブペインティング、創作楽器、電子楽器、映像、立体音響、AI、脳波を用いたインターフェースまで、異なる時代に生まれた表現が、ひとつのフェスティバルのなかに共存した。

そうした多様な表現を、来場者は決められた順路ではなく、自ら街を回遊しながら体験していく。

踊ることも、座ることも、聴くことも、歩くことも、休むこともできる。すべてのプログラムを見る必要も、同じ場所に居続ける必要もない。各々の気分や関心に合わせて体験を選び、街のカフェやレストランで休み、再び会場へ戻る。こうした自由度の高さも、都市を舞台とする「NU Festival」の特徴だった。

その自由さは、フェスティバルが本来もつ「偶然の出会い」を生み出す土壌でもある。目当てのアーティストを観に行った先で、まだ知らなかった表現に心を動かされる。「NU Festival」では、その偶然性を音楽だけでなく、アートやテクノロジーへと広げた。

電子音楽のファンがAIアートに出会い、現代美術に関心をもつ人がDJのプレイに足を止める。普段なら交わらない興味や文化が、街を回遊するなかで自然につながっていった。

異なるものをひとつに統合するのではなく、それぞれの違いを保ったまま緩やかにつなぐ。その出会いから新しい調和を生み出すことが、「NU Festival」における「Unity」のひとつのかたちだった。

踊ることと、聴くことが共存する場所「NU Live」

メイン会場となったTAKANAWA GATEWAY Convention Center LINKPILLAR Hallでは、「NU Live × Sónar Sound」として、国内外の先鋭的な電子音楽が集結した。

円形センターステージを中心に構成された会場では、観客がアーティストを取り囲むように集まり、ステージとフロアの境界が溶け合っていった。観客はステージの外側から完成されたショーを眺めるのではない。アーティストを囲み、互いの存在や反応を感じながら、音、光、人の動きとともに、その瞬間の空間をつくる存在となっていた。

Actress、Nathan Fake、Grandbrothers、DJ KRUSH、Two Shell、DAITO MANABE、冥丁、Sakura Tsuruta、みんなのきもち、鏡民らが出演。アブストラクト・ヒップホップ、テクノ、エレクトロニック、アンビエント、ダウンテンポまで、異なる成り立ちをもつ音楽が、ひとつの空間で接続された。

このラインナップに通底していたのは、単なるジャンルの多様さではない。既存の音楽形式を踏まえながら、独自の方法で音の構造や聴取体験を更新し、クラブミュージックの強度と実験性を併せもつこと。電子音楽でありながら、演奏者の身体や時間、空間、楽器の物質性を感じさせることだった。

過去から受け継がれてきた表現と、現在進行形のテクノロジーを往復しながら、音楽の次の可能性を示すことが「NU Live」のラインナップを貫いていた。

その思想を象徴したのが、電子音楽のパイオニアSuzanne Cianiと、UK電子音楽の異才Actressによるコラボレーション「Concrète Waves」だった。有機的なモジュラーシンセサイザーの響きと実験的な電子音が交差し、異なる世代や表現手法がひとつの音響体験として立ち上がった。その共演は「NU Festival」全体を貫く「過去と未来」「アナログとデジタル」「人とテクノロジー」というテーマを象徴していた。

また、William Basinskiは「Shigeru Kawai SK-5」による静謐なピアノ演奏で「聴くこと」の豊かさを提示し、Grandbrothersは同じピアノに独自のメカニカルデバイスを組み合わせ、生楽器と電子技術を接続する新たな音楽表現を示した。

さらに「NU Live」の会場内には、dublab.jpがプロデュースする「OTOJU SESSIONS」と、HIKO・KONAMIとOusmane Bâによる「Sound Bath」も展開された。メインフロアで身体を動かす観客がいる一方で、別の空間では座り、横になり、目を閉じながら音を受け取る人々がいた。

「OTOJU SESSIONS」では、音楽評論家の原雅明がキュレーションした菊地雅章『六大』の長時間リスニングセッションをはじめ、DJやライブを、高品質な音響環境のなかでじっくり聴くための時間がつくられた。

「Sound Bath」では、音の振動とOusmane Bâのビジュアルが重なり、鑑賞するというよりも、空間全体に身体を預けるような体験が生まれた。

踊ることと、聴くこと。熱狂と静寂。身体を動かす音楽と、身体を整える音楽。その双方が同じフェスティバルのなかで自然に共存していた。

世界では今、アンビエントやリスニングカルチャーが改めて注目されている。情報過多で常に刺激にさらされる時代において、音にじっくり身を委ねること、静けさやわずかな変化に耳を澄ませることは、新しい贅沢であると同時に、失われつつある感覚を取り戻す行為でもある。

「NU Festival」は、ダンスミュージックの高揚だけでなく、「能動的に聴く」という行為そのものをフェスティバルの中心に据えた。

AI時代に、人間の創造性を問い直す「NU Art」

MoN Takanawa: The Museum of Narrativesで展開された「NU Art」では、最先端のテクノロジーと、人間の身体性や感覚に根ざした表現が交差した。

クリエイティブ空間「Box300」では、「Sónar+D」とのコラボレーションのもと、アーティスト/AI研究者の徳井直生がキュレーターを担当。「Beyond / Alternative GenAI」をテーマに、生成AI以後の創造性をめぐる作品展示、ライブパフォーマンス、トークセッションが行われた。

Portrait XOやAlbert.DATAによる実験的なライブパフォーマンス、Sony Computer Science Laboratoriesと隈研吾建築都市設計事務所による協働プロジェクト、RolandとNeutoneによるAI次世代オーディオ・エフェクト技術「Project LYDIA」、Dentsu Lab TokyoとQosmoによるアートプロジェクト、スプツニ子!、永井歩、Yutaka Makinoらの作品が並び、来場者は生成AI時代の創造性をさまざまな角度から体験した。

AIにどこまで創造を委ねるのか。人間はどこで判断し、介入し、責任をもつのか。AIが人間の声や姿、感性を再現するとき、作者と道具の境界はどこにあるのか。創造において、人間とAIはどの程度の距離を保つべきなのか。

作品群が浮かび上がらせたのは、AIによる効率化や自動化だけではなく、人間の身体性や偶然性、違和感、記憶、主体性、そしてAIと共創することに伴う可能性と危うさだった。

一方、約100畳の畳スペース「Tatami」では、伝説的カルチャースペースSuperDeluxeのキュレーションにより、ジャンルを横断するプログラムが展開された。

Technique & Picnicによるアンビエント・オーディオビジュアル即興セッション、中山晃子による「Alive Painting」、Muddersten、chihei hatakeyama、Chris SSG、Ikebana Whispering、Paracollider、今井和雄+伊東篤宏、八木美知依、幻の名盤解放同盟、ぽんぽこ山、onnacodomoなど、多彩な表現が畳の上に集まった。

畳に腰を下ろし、靴を脱ぎ、身体の重心を少し低くして音やパフォーマンスに向き合う。その体験は、一般的なミュージアムやライブハウスとは異なる時間の流れを生み出していた。

最先端のテクノロジーとアナログな身体感覚。AIと人の手。都市の新しい文化施設と、日本の伝統的な畳空間。異なる表現や価値観を対立させるのではなく、ひとつの創造の連続として捉え直すこと。

「NU Art」は、創造の現在地と、その先にある可能性を考えるための場となっていた。

日常の都市空間がフェスの場になる「NU Station」「NU Park」

「NU Festival」のコンセプトを最も直感的に体現していたのが、入場無料で開催された「NU Station」と「NU Park」だった。

高輪ゲートウェイ駅南改札外3Fテラスで行われた「NU Station」では、J-WAVEとのコラボレーションにより、日替わりでDJプログラムを展開。DJ EMMA、KO KIMURA、Kotsu & Nari(CYK)、Ryogo、FULLHOUSE(SAMO / TAKENOKO)、SAKURAらが出演し、駅という日常の空間を音楽で満たした。

数分おきに電車が発着する山手線のホームを見下ろしながら、観客が音楽に合わせて身体を揺らす。その光景は、日常の都市生活のなかへ、フェスティバルが差し込まれる瞬間だった。

高輪ゲートウェイ駅前のGateway Parkで展開された「NU Park」では、7面LEDビジョンとサウンドシステムを搭載したモビリティステージが登場。大沢伸一、RHYME、Shingo Nakamura、SATOSHI OTSUKIらのパフォーマンスに加え、Broth Works、TONTON、MISOLAらがVJパフォーマンスを披露。音と映像が一体となったパフォーマンスが、駅前広場を開放的な屋外ダンスフロアへと変えた。

印象的だったのは、チケットを持って訪れた観客だけでなく、通勤帰りの会社員、近隣を訪れた人、海外からの観光客までもが自然と足を止め、音楽に耳を傾け、ステージ前に集まっていったことだ。

公共空間が音楽によって一時的に開かれ、フェスティバルと日常の境界がほどけていく。「NU Station」と「NU Park」は、街を行き交う人々を自然にフェスティバルへと引き込んでいた。

サウナで、空中庭園で。街ごと楽しむ「NU Connect」

街全体を会場とする「NU Festival」の考え方は、「NU Connect」によってさらに広がった。

フェスティバルのために新しい場所をつくるのではなく、街にすでに存在するサウナ、庭園、クラブ、リスニングスペースが、その期間だけアーティストの表現と出会う場へと変わる。普段何気なく訪れている場所が、音楽やアートによって新しい意味を帯びること。それもまた、「NU Festival」が提示した都市型フェスティバルのあり方だった。

NEWoMan TAKANAWAの高輪SAUNASでは、Chee ShimizuとKaoru Inoueによる特別セッションを開催。サウナでの“ととのい”に寄り添う柔らかくオーガニックなサウンドが空間を満たし、来場者は音楽を耳だけでなく、温度、呼吸、皮膚感覚を含む身体全体で受け取った。

地上約150メートル、500本以上の植物が茂る「LUFTBAUM 28F 翠の庭」では、J-WAVEがセレクトした出演アーティストの音楽を360度立体音響システムで展開。都市の高層部にありながら、植物、空、風、外気、音が重なり合う体験は、庭園という日常的な場所を、音に没入する特別な空間へと変えていた。

また、フェスティバル開催前には渋谷WOMBとのコラボレーションによるプレパーティを開催。東京のクラブカルチャーと「NU Festival」を接続し、本開催への期待を街へ広げた。

開催後には、恵比寿KATAにおいてQobuzとのコラボレーションによる「Suzanne Ciani Quadraphonic Album Listening Session」を実施。Suzanne CianiがMetropole Orkestと制作した作品をクアドラフォニック音響で体験する場が設けられ、フェスティバルで生まれた体験は、ひとつの作品と改めて向き合う時間へと受け継がれた。

都市の機能を、フェスティバルの可能性へ

気候変動による猛暑や天候の不安定化が進むなか、屋外フェスティバルへの参加には、これまで以上の体力的・経済的な負担が伴うようになっている。都市型フェスティバルは、従来の屋外フェスティバルに代わるものではない。しかし、新しい選択肢にはなり得る。

駅から直接会場へアクセスし、好きな時間に訪れ、好きな時間に帰る。屋内外を行き来しながら、カフェやレストラン、文化施設を利用し、自分のペースで一日を過ごすことができる。

都市には、交通、飲食、宿泊、公園、文化施設など、文化体験を支える機能がすでに備わっている。それらをフェスティバルと結びつけることで、街の回遊が生まれ、文化と日常が地続きになっていく。

それは、都市型フェスティバルだからこそ生まれる、新しい文化の育ち方なのかもしれない。

新しい都市型フェスティバルへの第一歩

今回の「NU Festival」は、単なる初開催のイベントではない。創作の手法と可能性が広がる時代に、それらを受け止めるフェスティバルは、どう変わっていくべきなのか。

都市の再開発が進み、街が均質化していくなかで、その街ならではの文化をどのように育むのか。自分の興味に近い情報ばかりが届く時代に、知らない文化や価値観と出会う偶然性をどう取り戻すのか。

音楽フェスティバルは、踊る場所であると同時に、聴き、考え、休み、歩き、出会う場所にもなり得るのではないか。

「NU Festival 2026」は、そうした問いを内包したフェスティバルだった。その問いに対する反応は、来場者やSNS上での声からも垣間見ることができた。

都市型フェスティバルならではの快適性を評価する声は多い。日本のフェスとは異なる、海外フェスティバルを思わせる洗練された空気感や、街全体を回遊しながら楽しめる構成を支持する意見も目立った。

さらに、実験的な電子音楽や最新のダンスミュージック、アンビエント、ダウンテンポといったサウンドを、AIや立体音響などのテクノロジー、現代アートと横断的に結びつけたプログラム構成についても、多くの共感が寄せられた。音楽フェスティバルの枠組みを広げる挑戦として受け止められたことは、今回の開催が一定の手応えを得たことを示している。

こうした反応が示しているのは、人々が求めているのは、単に出演者の多さや話題性だけではなく、多様な文化や価値観と偶然に出会い、自分自身の感性を更新できる場なのかもしれない、ということだ。

異なるもの同士が交差し、知らなかったものに触れ、別々のコミュニティが静かに交わっていく。
文化は、完成されたものとして街に与えられるのではない。

そこに集う人々が表現し、鑑賞し、対話し、ときに理解できないものの前で立ち止まる。その小さな体験と関係性の積み重ねによって、街は少しずつ固有の輪郭を獲得していく。初開催となった「NU Festival」は、そのための最初の実践となった。

JR東日本は、TAKANAWA GATEWAY CITYで生み出す価値を、大井町や浜松町・竹芝を含む広域品川圏へと展開していく構想を進めている。「NU Festival」もまた、その街づくりのビジョンと歩調を合わせながら、街とともに成長する文化プラットフォームとして、新たな役割を担っていく。

TAKANAWA GATEWAY CITYという新しい街で始まったこの試みが、今後どのように進化し、街と人、文化、テクノロジーをつなぎながら、東京から世界へ向けた国際的な都市型フェスティバルへと育っていくのか。

今回生まれた風景は、都市とフェスティバルの新しい関係を示す第一歩となった。